京アニkanonラストの「"きせき"の欠片」について、今更ながら。
2007-07-21
京アニkanonのラスト辺りのセリフ、「"きせき"の欠片を抱きしめながら」について。この「きせき」。普通の『奇跡』の発音とは違い、少し訛ったような、まるで『軌跡』か何か、とにかく別のものに聞こえるような発音をされていました。
今更ですが、コメント欄にそのこと書かれていて思い出したので、それについて書いてみます。
前提:所見です。そもそもの「きせきの欠片」の「きせき」が、奇跡なのか軌跡なのか輝石なのか鬼籍なのか奇石なのかそれとも何か他の「きせき」なのか、判別できない時点で所見にしか至りません。というか、これから僕が書く文章自体が「所見である」ということを肯定しまくっている、そうでなければ成り立たない文章ですので、これは「僕にとっての」きせきの欠片、ということになります。
京アニkanonのヒントになるっぽい、「AIR」美凪シナリオ
2007-03-21
(注:『AIR』の美凪シナリオのネタバレあります)京アニkanon感想記事で二・三回引用してきましたが、『AIR』の「美凪シナリオ」にはこの京アニkanonのヒントになるようなセリフが結構あります。というか、美凪シナリオ自体がこの京アニkanonと結構近いです。
ですので今回、その辺をちょっと並べてみたいと思います。
飛べない翼に、意味はあるのでしょうか。
京アニ版kanon 風呂敷たたみ
2007-03-17
最終話の感想と一緒にしちゃうのは京アニに失礼なので分離。今まで散々、京アニkanonについて風呂敷を広げてきたので、それをたたみます。
(注:京アニ版についての記述のつもりですが、一部微妙に原作と混同してる部分があるかもです(まあ混同しても問題ないっぽいですが))
雪が溶ける頃、冬の日の物語もまた、思い出に還る(kanon・パッケージより)
CLANNADが京都アニメーション様でアニメ化
2007-03-16
冷たい朝の日も迷わずに進んでいくよ……!
来た。来た。遂に来た。ホントに来た。
CLANNADが。クラナドが。蔵などが。
京都アニメーション様でテレビアニメ化………!
生きていて良かった!いやマジで(笑)。
正直、僕はクラナドが本当に死ぬほど好きなのです。
ギャルゲーの中で一番、いやゲームの中で、いや今まで自分が見てきた聞いてきた創作物の中で、一番好きなのです。
もう断然。段違い。
ONEもkanonもAIRも好きだけど、正直CLANNADはケタが違う。死ぬ時は一緒に棺の中に入れて欲しいくらいに好きです。
今まで京アニkanonの感想とかバカみたいに書きまくってきたけれど、京アニCLANNADの感想とか書いたら本当もう死ぬんじゃないでしょうか俺は。
てゆうか。
京アニが、クラナドを作ってくれる。この事実だけで死にそうです。
いや本当、劇場版しかやらないのかと思ってビクビクしてました(笑)(いやいや笑っちゃいけないか)。
クラナドの中身はもう、人生そのものです。
寺山氏風に言えば、「クラナドが人生の比喩ではない。人生がクラナドの比喩である」のです。
ああ、正直死ねる。
AIRで晴子が最後に言っていた、
「この上ない幸せと、この上ない辛さ……全てがそこにある」
「それはまさしく、人が生きる、ということや」
の中身をめっちゃ凝縮して収縮したスーパー内容がクラナドなんです。ああ、もう、人生そのもの。いや逆だ、人生の方がクラナドなのだ!
(ヤベエ、CLANNADの特報見ただけで俺早くも壊れかけてるww 助けてぇクラナドマ〜ン!)
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kanon 24話「夢の果ての追復曲〜kanon〜」
2007-03-16
やはりというか当然というか、素晴らしかったです。両手に降り積もったこの物語のカケラを抱きしめながら今回の感想を書きます。
そして書き終わったとき、そのカケラを捨てるか食べるかします。
ありがとう、そしてさようなら。




