京アニCLANNADへの期待と、ちょっとした不安点
2007-09-28
京アニCLANNADまであと一週間!
27日に発売になった「メカビ」という雑誌に監督の石原立也さんと脚本・シリーズ構成の志茂文彦さんの対談が載っていたのですが(てゆうかそれを読むために買ってきたのですが)、それを読んで感じられたことをひとつ。
この人たち、底抜けに丁寧で、本当に真摯で、そして何より楽しんで作っている……!
「らき☆すた」初のアンソロジー本 で、どんな感じ?
2007-09-24

「らき☆すた」初のアンソロジー本という本書を読みました。
うん、おもしろかった。
いや、勿論、全部が「良い」ってワケじゃないんですけどね。ピンとこなかったり、楽しめなかったりしたのもあります。それでも、色んな方の色々な「らき☆すた」、色んな「if」が見れて、総合すると『おもしろかった』(あ〜でも、諸手を振ってオススメ!というほどでは無いです。あくまでも、まったりゆったりと、おもしろかった)。
アンソロジーということであって、沢山の作家さんが書かれております。イラストを除く漫画自体には、18人の方が参加されております。
当然ですけど、18作品全てが、「らき☆すた」をネタにした「その作家さんの作品」でありまして。だから色々と「○○ってキャラはそんなんじゃないよ」とか「らき☆すたって作品はそんな感じじゃないよ」と思わせる部分もあるのですが、逆に「こういう考えもあるのか」とか「その展開は無かったわ(それでいて「らき☆すた」から外れすぎてないわ)!」というのも、あります。
僕は殆どアンソロジー読んだこと無いので、わからなかったのですが。
もしかしてアンソロジーって、そうやって楽しむものなのかも。
■いろんな人の「らき☆すた」を見る
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キャラの解釈や理解などが、作家さんそれぞれで当然ながら違うんですよね。そして、その見せ方も違う。
かがみのキャラ解釈をツンデレに絡めて上手く作品内で語らせた高津ケイタ先生の「らき☆すた攻略法」とか、ひよりというキャラに対する理解から原作では殆ど描かれない田村ひよりの日常を描いた春野友矢先生の「田村ひよりの鬱」とか。
これらは、非常に上手く表現できているし、十分にキャラクターを理解しているんじゃないかな、と思えるのですけど、でもけっして「美水かがみ先生のらき☆すた」ではこういう風には描かれないだろうな、と思うのです。作家さんそれぞれで解釈も理解も表現も違うと上で書きましたが、それは元となる「らき☆すた」を描かれた美水かがみさんと他の作家さんでも同じこと。
あるひとつの題材に対して、色んな人の色んな解釈・理解・そしてそれをどう表現するのか、が見れる。
『アンソロジー』ですから、当然この本の内容は「らき☆すたであって(美水かがみ先生の)らき☆すたでは無い」のですけど、それでも、太源となるネタはみんなひとつの「らき☆すた」。だから、この「らき☆すたであってらき☆すたで無い」本は、大元になるらき☆すたをより豊かに見れるようになる効果もあるんじゃないでしょうか。
こういう解釈も理解も、こういう表現もあるのか〜、という発見。
決して美水かがみ先生が描かない(描けない)『らき☆すた』。そこには勿論、「悪い」――イマイチならき☆すた、変ならき☆すた――も沢山あるのですけど、「良い」も沢山あるのではないでしょうか。
■いろんな「人」を見れる
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と、上で「ひとつのネタを元にして、色んな作家さんの解釈・理解・表現が見れる」と書きましたが、これってある意味、作家さんの見本市的な意味も兼ねているんだなぁ、と思った。
この本では『らき☆すた』というひとつの事に対してですけど、それだけでもある程度、各作家さんの「物事の見方、その表現方法」というのが感じ取れます。や、ホント「ある程度」なんで、見本市というか体験版程度の濃度ではあるだろうと先に言っておきますけど。でも、「物事の見方とその表現方法」というのは、創作物を創る際には、非常に重要になってくると思うのです。創作物を創る際に重要な、考えも、発想も、想像力も、"その人固有のもの"ですので、そういったものを『らき☆すた』というひとつの題材で、色んな人のそれを見る(厳しく言うと「見比べる」)ことが出来るこの本は、その作家さんが「どういった人か」というのが、その作家さんを知らない人にとっては(「らき☆すた」という縛りがあるので、あくまで一部的、体験版程度のさわり程度の感触ですが)多少は知ることが出来る。(もちろん、「絵」も含めてね)
僕なんかは、タカトウアユミさんと鳩麦月々さんがスゲー気に入りました。この人の解釈も表現もいいなぁ〜って。同人誌が出てるのかぁ。今度見てみようかな。
勿論この本だけでは、気に入った作家さんも気に入らなかった作家さんも、その全てが分かるわけがないので、ほんの「さわり」程度ですけど、でもこういった「興味を持つきっかけ」くらいなら、生まれるんじゃないかなぁと思います。
そういうのも含めて、個人的にはおもしろかったなぁと。まったりゆったりと。
しかしあれですね、みんなこな×かが(×は友情の意味も含みます)好きですねー、と言わざるをえないほどのこな×かが率。や、まあ、それはそれで、良かったのですが。
WEB拍手を送る
え〜と、色々と
2007-09-20
・え〜と、たぶんこのブログが1周年くらいです(適当)。ありがとうございます。・あとなんか60万ヒットとか、ありがとうというか申し訳ない感じです。アクセス数に関しては読んでくださっているみなさまと、リンクして下さった色々な方々のお陰です。ありがとうございます。(けどやっぱ、申し訳ない気持ちもあったり)
その中で一番数の影響力が大きい、多分アクセス数の3分の1くらいはふぇいばりっとでいずさんのお陰ですので、そちらには足を向けて寝れません。あ、キャベツ祭りの頃からいつも見てます。僕のところを拾って下さったりして、ありがとうございます。
もう「らき☆すた」終わって僕のところが取り上げられることも滅多に無くなると思うのでw、この機会に御礼を。
・秋からは「クラナド」は狂ったくらいに見るだろうケド、他は……。
取り敢えずガンダムOOは見ます。ネウロとスケッチブックもちょっと見るかなぁと。……あとなんか適当に気になったものも、1回は見ると思います。
・取り敢えず京アニクラナドまでには、ゲームのクラナド再プレイしたいです。
・つうかリトバス進めたいです。
・東映クラナド見に行く勇気が出ない。
・この2週間で11個の記事書いてるけど、そのうち10個が「らき☆すた」関連!どんだけ〜。
・つうか「らき☆すた」終わって、何書けばいいんだろ。最近(らき☆すた以外の)アニメ見てなくて本読んでる。
・まだまだ「らき☆すた」について語り足りなかったりします。いかほど〜。
・いっぱい書きたいことあったのですけど、一個前の記事の最後の方に結構な想いを詰め込みました。「思考停止」しているのはらき☆すたファンとかじゃなくてさ、もちろんアンチとかでもなくてさ、「思考停止している人」だよ。
・らき☆すたに関しては(多分)あと一個だけ記事書いて終わります。らき☆すたと物語について。
・なのでここで、語りつくせなかったことを随想で書き連ねていきます。
・らき☆すたのメタと視点の問題、という記事とか書こうかと思ったのですけど、手に余りすぎた。断絶とか、場面転換とか、カメラの固定と主観の少なさとか、非同一化とか、パロディの効果とか、共感と共有の違いとか。材料になりそうなものは、今まで結構書いてきたっぽいのになぁ。つうか昔の方が鋭かったなぁ……と自己落胆。
・最終回について。幕が上がった先は見せてくれないけど、それまでは見せてくれる。最終回だからっていつもの『日常』を大幅に越えるようなものは何処にも無い。パロディとか、視聴者を意識している趣があるからこそ感じる、作品に対する断絶感といいますか。え〜と、大昔に書いたと思うんですけど、
http://d.hatena.ne.jp/LoneStarSaloon/20070517/1179332299
あったあった。この真ん中あたり。
『らき☆すた』をず〜と見て、知って、考えて、楽しんで。近づいたからこそそれと分かる断絶。学園祭本番を決して見せないように、まだまだ彼女たちの物語は続くのに、ピシャリと、降ろされる幕。
そしてEDがアレ。
・http://terry.blog1.fc2.com/blog-entry-1671.htmlOld Dancer's BLOGさんの記事。白石の自作曲でもないしハルヒ系の曲でもないから、「なんだろコレ?」って思ったけど、そういう意味だったのかぁ。
そうか、現実への帰還か……。
永遠に続く学園祭前日というのは、アニメ「らき☆すた」を忘れられず引きずり反復する視聴者の中での「らき☆すた」でもあるんでしょうね、多分。学園祭前日で(正確には本番直前で)終わってしまった作品。この先は無い。「らき☆すた」を想い続きを望むとかは、ここにかかってくるかな、とか思わなくもないです。
でも……最初から結構らき☆すたって現実と距離取ってたように思うんだよなぁ。いにしえの作中劇設定とか、メタとかネタとか。近づいたから断絶が分かるソレとか。いや、僕は忘れてたんですケド、自分の過去ログとか見てみたら、なんかそんな感じのこと書いてありまして。つーかあれ書いたのマジで自分か?といつも思う。どの過去ログ見ても「これ僕が?」って本気で思う。閑話休題。番組内ではフルボッコの白石がED(現実)であんだけ楽しそうにしているのは、その現実帰還に沿ってはいるなぁ、と思う。ああ、「未定」というのはラストシーンの何もない荒野、これから挑む脚本も台本もなく全てが未定な現実の未来のことね、とか。
でもなんというか、僕としては……現実への帰還というか、はじめから現実にあるひとつの作品、いうなればひとつの物体、悪い喩えかもしれないけど、ある嗜好品として、入り込む・のめり込むではなく(入り込んだりのめり込んだりした時もあるけど)付き合うような関係の視点で、この作品に接してきた、というか作品がそういう方向に持ってきていた、そんな気がしてなんというか、
・こういったモノ達、様々な要素達に、作品はどういった視点を提供しているのか。作品を見る視聴者の視点は、この構造によりどういったベクトルに向けられやすくなり、それは様々な要素――ここに孕む現実との距離に、作品内の視聴者の視点が、どのようなものを見い出すのか?
みたいなのが、手に余りすぎたもののお話し。
手に余りすぎたので無理でした。
・なんか汚く書き散らしちゃってすみません。たまにはこういうのも、って感じで見逃して。というか、お付き合い頂きありがとうございます。いや、これだけじゃなくて、今まで全部の話。1年間、お付き合い頂きありがとうございます。
らき☆すた 立木文彦さんとくじらさんの登場回数をまとめてみた
2007-09-20
先にこの記事で無限増殖違うじゃん2〜3時間無駄になったじゃん!って書いたのですけど、画像アップデートして文章まで書いてなにも無かったことにするのも何か勿体無いんで、折角だから立木文彦さんとくじらさんの「らき☆すた」登場数をまとめてみました。ゆる〜くまぁったりとした記事ですので、ゆる〜くまぁったりお楽しみ下さい。
桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」を読んだよ
2007-09-19
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桜庭一樹さん初体験。
えっとね、ヤバイ。
どこのバケモノ畑からやってきたバケモノだ?と思えるほどに恐ろしい内容。いやいや、この作品という弾丸は明らかにわたしの胸をうち抜くだろうと言わざるをえない。
最初は、「実弾」「砂糖菓子」というその言葉のセンスだけで引っ張っていかれる。それが次第に……という感じ。ネタバレしたくないのでノーコメ。
以下、前半部はちょっとしたネタバレ、後半部はまともにネタバレ含みます。
桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」を読んだよ の続きを読む
『らっきー☆ちゃんねる』と本編との関係を、振り返りつつ考える
2007-09-18
アニメ『らき☆すた』内の1コーナー、『らっきー☆ちゃんねる』。わざわざアニメ内にひとつのコーナーとして用意されたこれが、果たしてアニメ本編とどういう関係を持っていたのか。その辺、全24回の『らっきー☆ちゃんねる』を振り返り纏めつつ、考えてみたいと思います。
(アニメ版にしか触れていません。ラジオ版についてはノータッチです)
(前半部なんかは、23回終了後に上げたアニメ「らき☆すた」23話までの『らっきー☆ちゃんねる』を振り返ってみたの焼き直しだったりするので、そちらをご覧になられた方は(特に前半部は)適当に流してください)
らき☆すた 24話「未定」(最終回)
2007-09-18

アニメ『らき☆すた』という、ひとつの時間が終わりましたね。
はじまりがあれば終わりがあるもの。
原作の『らき☆すた』は、いつまでかは分かりませんが、"まだ"続いていきます。けれどアニメ『らき☆すた』は、人気がどうこう、作者のやる気がどうこう関係なく、あらかじめ定められた時間が来てしまえば終わってしまう。
とりあえず(あとで消す)
2007-09-17
「らき☆すた」の立木文彦とくじらの、エンドクレジットでの登場回数が23話時点で124回あって、9話の次回予告「スーパーマリオの無限増殖、128機以上増やしたらゼロになる。何事も程々にということ」と絡めた小ネタなんじゃないか?と思って、
これ最終回の立木文彦とくじら併せての登場数が、4回か5回ならばちゃんとしたネタになる、つうか23話時点で124回なんだから、きっと多分狙っているんじゃないか?と思い、
昨日の内に2〜3時間くらいかけて今までの全てのED画像集めて加工して文章も書いて、あとは最終回の画像を貼るだけだ!ってところまで書いたのに、
最終回の立木文彦とくじら併せてのクレジット登場数が8回あって、24話合計が132回でこれじゃネタでも偶然でもなんでもなくて、
つまりは昨日の2〜3時間が無駄になって、なんか悔しいから俺の中じゃこういうのがありかけたよって
書いてみた。
・24話、よかったです(や、どんなのでも「よかった」って言う心構えではあったのですけど)。特にらっきー☆ちゃんねるがメチャ良かったです。
ちゃんとしたのは、のちほど。
アニメ「らき☆すた」23話までの『らっきー☆ちゃんねる』を振り返ってみた
2007-09-16
さて、『らき☆すた』も、もうすぐ終わってしまいます。もうすぐ終わるとはいえ大きな事件や出来事が特にはない『らき☆すた』の本編に比べ、このアニメ『らき☆すた』内の1コーナー、『らっきー☆ちゃんねる』はただ今、かなり大事な流れになっています。
ということで、『らっきー☆ちゃんねる』について、振り返ってみようかと思います。
(あくまでもアニメのみの話であって、ラジオの『らっきー☆ちゃんねる』に関してはノータッチの内容になっております)
■白石みのる
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「白石っす」
「あ、えーと、あきら様のアシスタントを勤めさせていただきます、白石みのるです。どうもっす」
「あれれ〜。白石さん堅いですよ〜。ほ〜ら、折角テレビに出られたのだから、もっとはっちゃけたまえ!なんちって」
「すんません、慣れなくて」
『らき☆すた』本編終了後、唐突に始まったコーナー『らっきー☆ちゃんねる』。パーソナリティである『小神あきら』と、アシスタントである『白石みのる』の二人によって構成されています。
今見返してみると、この頃の白石みのるは、あきらが言っているように「堅く」「緊張して」いて、それゆえに視聴者から送られてきた(という設定の)ハガキを読み上げるなど、真面目にアシスタントをこなしています(逆、真面目にアシスタントをこなそうとしているからこそ「堅く」「緊張して」いるのかも)。
もともと『らっきー☆ちゃんねる』はラジオ番組としてアニメ放送開始前から行われており、そのラジオ番組の内実もアニメ版の『らっきー☆ちゃんねる』と関係性が高いものではありますが、大半の視聴者はこのアニメで『らっきー☆ちゃんねる』を初体験するであろうということを見越してか、ラジオ版『らっきー☆ちゃんねる』を聞いていなくても(存在すら知らなくても)十分に分かるように、疎外感を生じさせぬように作られています。
だからか、ここでの白石とあきらが、まだそんなに仲が深くない、知り合って間もない関係に見えるようになっています。
実際は、ラジオ版の方ではもう少し関係が深くなっていても、それをあまり表出させることなく、また、ラジオ版の話題をあまり出すことがない、また出たとしても、たとえそれを知らなくても、問題なく見れるようになっているように。ラジオ版『らっきー☆ちゃんねる』の出張版というより、このアニメ内でひとつのコンテンツとして(アニメのみを見るならば)かなり独立されている作りです。
それゆえに、『らき☆ちゃん』の序盤においては、白石の色々な意味での初々しさ――テレビ慣れ・番組慣れや、この仕事での役割への初々しさ――などが、よく表れている様な作りになっています。
・ギャラの話を振られて、あきらの素が出て軽く黒くなり(今思うと、本当に軽い)、白石がそれを諌めようとおろおろする感じ。
・そして音楽が切り替わり、あきらが役のあきらに戻ると、白石が「フー」と胸をなでおろす。
『アシスタント』という自分本来の役割、あくまであきらを立てて支援する、そういった役回りを(あきらに振り回されながらも)こなしています。
第2回の『らき☆ちゃん』においても、白石が本編に出演していることに、あきらが執拗に絡んできますが、白石が反抗するといった感じはなく、あきらに従うというか付き合ってるような対応を見せています。
そう、この頃はまだ、白石もアシスタントとしての職務を彼なりにまっとうしており、あきら:メイン・白石:アシスタントという形の番組が成り立っていたのです。(まだあきらの白石に対する呼び名も「白石さん」でした)

それが徐々に崩れていきます。
らき☆すた 23話「微妙なライン」
2007-09-12
ウルっときたよ。「らっきー☆ちゃんねる」。

あーもう、多分こうなるだろうなぁと思わなくもなかったというか、予想の範囲外ではなかったのですけど。
本編が『変わらない日常』じゃないですか。それに対し「らき☆ちゃん」は、その変わらない日常が徐々に変わっていき、遂には破綻する、という構成。
「かなた視点」という「見方」(らき☆すた22話)
2007-09-10
「らき☆すた」22話のBパート、かなたの話には僕も泣いたクチですが、「かなた視点」という見方にさせられたのが、個人的には一番の要因だと思います。■かなた視点
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「ねえ、お母さんはどうしてお父さんを選んだの」

(「世界中でかなたを一番愛してるってコトだよ」の直後)
らき☆すた 22話
2007-09-06
http://bdkiss.blog54.fc2.com/blog-entry-427.htmlhttp://bdkiss.blog54.fc2.com/blog-entry-426.html
http://bdkiss.blog54.fc2.com/blog-entry-429.html
やっとこさ書けました。
これを合体させれば、らき☆すた22話の感想(?)の完成です(多分そのうち、ここに合体させたの上げときます)(ゆっくりやります(笑))。
それにしても、僕の書いてるのって「感想」なのかな?って、いつも思うのです。感想というには、自分の感情を恣意的に選びすぎているし、レビューというには自分の印象からの思考実験に寄りすぎだし、考察というには感情に立脚しすぎている、ような気がするし。
なんだか迷って惑って、結構困ってたりします。
しかし今回の感想(?)は本当に頭抱えました。
何書いても、作品にも自分にも他人にも、それぞれの中の作品にも、全てに対して失礼な気がして、書くかどうかを凄く迷いました。
結局は上げてしまったのですけど、ぼくの意見なんかは芥も参考にせず、つうかミクロも影響されず、ご自身の目で見て、感じたこと、それが全てで絶対の真実だと、みんなには思ってもらいたいです。本心からそう思います。
らき☆すた 22話 彼方から此方に『ある』もの
こなたの母への想い
天元突破グレンラガン 23話「行くぞ 最後の戦いだ」
2007-09-03

「宝物だと思っていたモノが、ただのガラクタだと分かる。それもシンカなのでしょうか」
『シンカ』という言葉。
これまでのロシウが歩んできた・選んできた道。
ムガン・アンチスパイラルの襲撃に対し、ロシウが選択してきた道のことです。
それは『宝物』……とまでは言わなくても、ロシウにとっては自分自身がそれと信じた・それを貫いた、何ものにも替え難い道・選択であったでしょう。
次々と策を打ち破られる絶望を前にしても、目前の脅威を打破するシモンの活躍を見ても、ロシウの考えは一分たりとも変わらない。最後の最後、カテドラル・テラにギガコアドリルを差し込むだけという状況に至っても、「1分で退却」と言うように。
「お前の意思、ブレはねえな」とキタンに称されたように、ロシウのその意思には、最後までブレはありません。このブレの無さは、ロシウが自身の決断を「信じていた」からでもあるでしょう。己の決断を、己の道を信じていなければ、当然ですけどブレは生じる。ブレなく、自分の決断を・自分の道を押し通すということは……その押し通して作った道に乗れなかった人たち(たとえば、地下シェルターに逃れた人を見殺しにすること、とか)を犠牲にするということでもあり、そしてその『犠牲』を自分自身が・自分が作り出した道が真摯に受け止めるということでもあり……だからこそ、「ブレがない」決断・道というのは、自分自身がその決断・道に対して「信じている」ということでもあるのです。
例のアレです
2007-09-02
一日経ったし、紹介文すら消しちゃおう(えー)!http://d.hatena.ne.jp/littlepeach/20070901#1188614129
http://d.hatena.ne.jp/littlepeach/20070902#1188720679
『らき☆すた』で喩えるなら、「白石みのるの実写エンディング」です。
ヒロイック・エイジ 14話15話16話
2007-09-02
14話は割愛。一個前のエントリー見てください。で、15話なんですが、やはりこれ、「分からない」を「飛び越える」がテーマですよね。多分きっと。
黄金の種族の考えなんて分からない。エイジの思いなんて分からない。他人の考えや思いなんて、真に分かるハズがない。銀の種族にいたっては、自分の感情すら分からないといった有様。
そんな様々な『分からない』ことに対し、自分はどのような対処をし、どのように跳躍するのか。
黄金の種族関係や、銀の種族関係はまた別のお話しですけど、取り敢えずエイジ・ディアネイラ・鉄の種族において、その暗闇を飛び越えるということ、その軸となるのは『信じる』という『意思』なんじゃないかな、と思う。
アルゴノートの面々がエイジを、ディアネイラを強く信頼しているように。ディアネイラが、エイジが、お互いがお互いをそれぞれ異なる理由で『光』と言う様に。
それは全く、十分なる理解でも認識でもないのだろうけど、それでも、そこを強い意志で信じれば、彼ら彼女らのように、それ自体が道となる。
分からないものを信じる意思により、己の道を見つけ出す―――不明瞭な闇の中に、スターウェイを見つけ出す以上の難しさ。
「ヒロイック・エイジ」 不確定なのは跳躍の共感?
2007-09-01
14話までしか見てないから、全く違うかもしれないけど。原作ともアニメとも違う方法で「らき☆すた」の魅力の一つを示す 「らき☆すた殺人事件」
竹井10日「らき☆すた殺人事件」を読んだよ
2007-09-01
![]() | らき☆すた―らき☆すた殺人事件 (角川スニーカー文庫 183-3) 美水 かがみ、竹井 10日 他 (2007/08/31) 角川書店 この商品の詳細を見る |
こなたたちは学校帰りに立ち寄った書店で殺人事件に遭遇した。
血しぶき飛び散るエレベーターに遺された物言わぬ被害者。
惨劇に立ちすくむかがみをよそに、こなたは遺体の上に置かれたカードを手に取りつぶやく―――
「配布予定中の超レアカードだよ」
「今、気にするところがそれかっ!!!!」
(裏表紙のあらすじより)
なんか賛否両論起こりそうな気もしなくはない作品ですが、一応ボクの意見。
アリです。
これはこれでアリ。
あくまでも「これはこれで」的な、がっつかず、ちょっと間を置いたような感じで、気楽に読む上では『アリ』ではないかと。こう逆説的に、らき☆すたの良さを浮き彫りにしていますね。……つうか何書いても、ネタバレになりそうなので困る。
とりあえず、『ひまわりのチャペルできみと』の宣伝をあまりにもされてしまったので、ちょっと(つーかかなり)興味が湧いてまいりました。ああ、なんか竹井先生にのせられてます(笑)。










