CLANNAD -クラナド- 4話 「仲間を探そう」 見ながらメモ

 2007-10-28
取り敢えずメモ。のつもりが、長さだけなら普段のレビュー並みになってしまった…。文章の量も、かけた時間も。あとで纏める予定ですが、どうだろ、時間あるかな…。

※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」4話までの内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。

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CLANNAD -クラナド- 3回 「涙のあとにもう一度」

 2007-10-23
※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」3話までの内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。

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「ef - a tale of memories -」全部拾う作戦 第1話(更新中……次回更新予定、土曜日くらい)

 2007-10-18
やー、実は『ef』、めちゃくちゃ高く評価してまして。つうか、正直最高です。今年一番。きっと。

なのですけど、どうにも……演出が効き過ぎている、どの場面もどのシーンも意味を有しているかつ、(大きな話の中での)その優劣が付けづらい、つまりどこもかしこも気合入った演出シーンばかりなので、何処が軸なのか見抜けない、という問題がありまして。や、見るだけなら問題でも何でも無いのですけど、書こうと思ったら問題というか、絞らないといけないのに絞りようが無くて……特にこじつけ大好きな僕的にはちょーなお更。

ですので、とりあえず、出来る限り、全部拾ってみようかと思います(すげー疲れる方針w)。 〜かも、〜だったり、〜の可能性もありそう、みたいなぼかした表現大会になる予定ですが、ご勘弁下さい。てゆうか、全部の文章の後に「たぶん」を脳内でお付けになって読んでくださいw

全部拾う気概なんで、長い上に画像使いまくりで重いですw
(ちなみに原作は、まったく知りません)

あ、全部拾った上で、なんか見えてきたら、上手く纏めるかもしれませんです。

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京アニCLANNADの朋也は京アニKanonの祐一になるのか?

 2007-10-17

http://d.hatena.ne.jp/cloverleaf24/20071013/p1(Primulaさん)
朋也が祐一のように浮気者に見えてしまう可能性。

たしかに、ここから先の構成を「Kanon」の時と同じ様に進める(全ヒロインルートを辿る)としたら、その可能性は非常に高いですね。京アニCLANNAD以外でブログに書くネタないので ちょっと気になったので、考えてみました。


clannad
祐一

京アニKanonの祐一が(特に中盤において)、女の子と会いまくっていたことによって、ジゴロ・たらしと見えてしまうのが、京アニCLANNADの朋也にも当て嵌まってしまうかどうか。

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CLANNAD -クラナド- 2話 「最初の一歩」

 2007-10-14
※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」2話の内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。

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スケッチブック 〜full color's〜 #02「いつもの風景」

 2007-10-11
あ〜、(こんなベタなこと言うのもナンだけど)癒される。

や、癒されるというより、優しい気持ちになれる感じです。いやまじで。

で、何でそんな気持ちになれるかというと、「何も起こらない」ということが分かっているのに見ているからだと思うのです。

空が最初、いつもより一駅前のバス停で降りて、いつもの商店街をいつもと違う時間に歩いていましたけど、そういうこと、したことあるでしょうか?学校とか職場とかよく行く所を、いつもとは違う時間に訪れること。
自分は、1回くらいは、何となくでやったことあります。いつも開いてるお店は、軒並みシャッターが閉まっていて。いつも混んでいる場所も、随分と閑散としていて。道を歩く人の数も雰囲気も、いつもとは違う。その雰囲気が、この感覚が……なんというか、すごい優しい気持ちにさせてくれます。
そこに何か発見があるかな、ドラマが生まれるかなとかは、まったく思っていないです。何も起こらないと思ってやっている。一握の期待も持たず、何も起こらないと分かりきった上で行う行動。これには、殆ど意味がありませんね。無駄、でもあるし、無意味、でもある、必要でも何でもないこと。しかも、そうだと分かりきった上で行なう。これは、相当(心に)余裕がないと出来ない行動だと思います。でも、そうだと分かりきった上でやるというその余裕があるからこそ、優しい気持ちになれるのです。

んで、「スケッチブック」の話に戻って。
先週、「どうでもいいようなことが沢山あるのだけど、そこを切り捨ててしまったらなんか違う」みたいに書きましたけど、その『どうでもいいこと』というのが、優しい気持ちになれたり癒してくれる源泉なのかな、と思う。
空が街をうろうろしたって、校内で猫を探し回ったって、その過程で、その終わりで、物語を大きく揺さぶる何かが起こるなんてことはないだろうなって、大体分かっているのです。そして実際に、何も起きない。無くてもいい、描写されなくてもいいことばかり。物語の派手さや強度だけでいえば、無駄、無意味といえるくらい。でも、そんな「何もない」を見る余裕にこそ、優しい気持ちが宿る。……正しくは。「何もない」を丁寧に描写してくれるからこそ、がっつかず、ギスギスしない彼女たちだからこそ、それを見るこちらに余裕を生み出して、優しい気持ちにさせてくれる。

空を変える何かが起こるとか、周りの誰かに重大な何かが起こるなんて期待は、ほんの少しも抱かずに見ているし、実際に何も起こらない。
でも、その「何もない」を魅せるという、余裕を楽しみ余裕を生み出す作りにこそ、癒しやら優しさが提供されるのです。
癒し系アニメで癒されるのって、こういうことなのかな、と少し思う。余裕を提供してくれるから、癒されるのかなって。


ということで、もうどうしましょうか、まじで好きになっちゃいましたよ、これ。
WEB拍手を送る

京アニCLANNADの軸かな、と個人的に思うトコ2点(原作ネタバレあり)

 2007-10-09
以下、「CLANNAD」の原作ネタバレたくさんあります。ご注意下さい。

※京都アニメーションの「CLANNAD」1話の内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。

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ガンダム00 1話

 2007-10-08
けっこう面白かった。

人革連とかいう中国がでっかくなったようなトコと、AEUとかいうEUがでっかくなったようなトコ(アメリカかと思ったけど、アメリカがでっかくなったトコは別にあるらしい)があって、その中で拡大する武力や、そこに起きるテロなどの戦争の火種となるものを、「戦争を止める為に武力を行使する」とかいう主張をなさるソレスタルビーイングとかいう謎の組織がやってきて、ズバッとやっつけちゃう、という内容。
ソレスタのとんでも主張には裏があるように、色々と謎の部分が多し。つうか超多い。キャラも多すぎ、勢力もいっぱいでよくわかんない。けどまあ、多分第1話だから、顔見せっていうか掴みのために出てきたのかな、と思う。取り敢えずソレスタ側のガンダム乗りを覚えておけば大丈夫でしょうといった感じ(マイスターとは死んでも言わん)。模擬戦マンとか、ポニーテール男とか、お好きな人に興味持ってください的な顔見せかなぁ。
絵的には案外見せてくれるなぁ、と思う。戦争といえば手振れ。

とりあえず1話なのでまだまだこれからですし、よく分からないことだらけだけど、見ていてつまらない、ということはなかったです。

CLANNAD -クラナド- 1話 「桜舞い散る坂道で」

 2007-10-05
※10月7日(日曜)、全部書き直しましたw。


※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」1話の内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。

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「Myself;Yourself」 オープニングにネタバレ臭を感じるけど、むしろそれ見たい。

 2007-10-04
msys

引っ越しで、大事な友達とも離れ離れになる。
そこから、5年。
帰って来た大切な地は、大体同じだけど、微妙に違っていて。
再会した大事な友達は、大体同じだけど、微妙に違っている。
麻緒衣の変化に一瞬だけ戸惑ったり、朱里と修輔の変わらなさに安堵したり……5年振りに会った菜々香には、そうと気付かないくらい変わっていたり。でも、一番変わっているのは、自分自身なのかもしれない。


msys

人は、色んなことを経験して、無邪気な子供だった頃の面影を失っていきます。それは主人公、佐菜とて同じでしょう。たとえば、この街に五年振りに戻ってきた理由。修輔に聞かれたときは、「まあ、いろいろと……」と濁していましたが、引っ越した日の夜の母親との会話、「大丈夫…、明日から、ちゃんと学校も行くから…」という台詞とこの描写からは、何か深い理由があるように感じられます。
菜々香もまた、神社で出会った佐菜に声もかけず(佐菜だと気付かなかったのかもしれませんが)、教室で再会した際も仏頂面で微笑みひとつ無い。一途に、一生懸命、曲を作り、想いを届けていた子供時代の彼女とは、どこか違う。佐菜の中の菜々香像とは、異なっていたということです。視聴者からすれば、菜々香って気付くだろお前という感じなのですが、多分、あの仏頂面で、声をかけてくることない姿が、佐菜の中の菜々香と大幅に違っていたのでしょう。それは佐菜が(都合良くではあるけど)思い描いていた、菜々香との再会シーン――自分を慕い、想ってくれている人との再会シーン――と、実際の再会シーンの違いからも、そうでしょう。

変わらずにいるものもあるけど、変わっているものもある。
麻緒衣や朱里や修輔から見れば、佐菜はあまり変わっていないように見えるかもしれないけれど……その彼ですら、変わっているかもしれない。逆も同じ。麻緒衣や朱里や修輔も、変わっているかもしれない。

子供から大人へ。人は変わる。変わっていく。でも、変わらないものも、確かにある。
そのどちらも、あますところなく、「自分自身」なんじゃないかな、と思います。昔の自分があったからこそ、今の自分がある以上、その「昔――今」間で変わったところ、つまり今も、その昔の自分があったからこそ、変わったところ。
そして自分が変わっているように、他人も変わっている。
私に私はどう見えるか。あなたに私はどう見えるか。私にあなたはどう見えるか。
変わって、別人になっちゃった、と見るか。何にも変わらずに、同じヤツだって見るか。それとも、変わったところもあるし、変わってないところもあるけど、やっぱりあなた(私)はあなた(私)だと、見るか。
そんなところで「Myself:自分自身 Yourself:あなた自身」なのかな、と(気が早いけど)思います。

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「スケッチブック 〜full color's〜」にある、要約できない大切なコト

 2007-10-03
蒼天航路 (22)
「蒼天航路」という漫画があります。曹操を主人公にした三国志の漫画です。
名セリフがたくさんある作品なんですけど、そのたくさんある名セリフの中で、僕的にはトップ3に入るほど印象的なセリフが、孫権の発したこれ。

「"要は"って言うな」

赤壁の前、孫呉軍勢が果たして曹操と戦うのか、戦わないのかで魯粛と張昭が激しく議論して、その際に張昭が発したセリフ、「要は曹操と結ぶか戦うか!道理か無謀かの処決でございまする!」に対する孫権の返事です。
あまりにもたくさんのことを感じ取れるがゆえに、あまりにもたくさんの感情が生まれ、あまりにも意思を発するのに慎重な孫権(蒼天航路だとそんなキャラ)。

感情というのは、言葉で表現できるとは限りません。悲しい、嬉しいなどの感情は、先になにか得体の知れない感情というモノが自分の中に生まれているのを確認した上で、その後に、感情に名前を付けるのです。思考もそう。言語を使うけど、言語だけで行われているわけではない。言語が生まれるずっと昔から、人間は感情を持ってるし思考をしてきたのですから、当たり前ですけど。
僕らが喋ることも、考えを何かに表すことも、全てその、言語で行っていないことを言語に書き直して、行っているのです。でもそれって、十分に感情や思考を表しているワケではないですよね。胸の中のモヤモヤを何と喩えていいのか分からなかったり、脳内では筋道立っているのだけれど、言語に直すとどうにも穴だらけになったり。その時々の感情・思考に、完璧に一寸の狂い無く当てはまる言葉が存在しているなんて滅多にないし、当てはまりそうな言葉を探し出すのも一苦労。
言葉を発するだけでも、自分の中のたくさんのものを、実は切り捨てている。
全てをあますところなく伝えるためには、どれだけ言葉を尽くしても足りない。大なり小なり、感情や思考を切り捨てて、要約して、言葉に直しているのです。

孫権が要約することを嫌うのは、その辺りにあるでしょう。
あまりにもたくさんのことを感じ取れるから、その『要約』の中で切り捨てられたものの大切さが、わかってしまう。切り捨てられたものを全て知った上で・孕まれた上での要約ならまだいいのですが、そんなことは『要約』という言葉の意味からして、無理でしょう(てゆうかそれじゃ要約じゃなくなっちゃう)。

"要は"という言葉の裏には、その要約の過程で切り捨てられたあまりにもたくさんのことがあるゆえに、それを"要は"と簡単に切り捨ててしまうことに、孫権は怒りを覚えているのです。

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スケッチブック1話 とっても良かった

 2007-10-02

あ〜〜もう、言うこと無いくらいにイイ!

主人公の空は、ものすご〜く無口な女の子でして、なんというかビックリするくらい喋りません。親しくない人の前では殆ど喋らなかったり、口を開いてもあわあわ言っているばかり。親しい人の前でも、かなり言葉足らずな喋り量。モノローグでは沢山喋っているのですけどね。

「いつもスケッチブックを持っている。なぜかカメラじゃダメなのだ」
「なぜカメラじゃダメなのかというと……」
「ビデオカメラでもダメで……」


なんでスケッチブック、絵なのかな、と思って。
はじめは、感情を載せることが出来るから、絵じゃないとダメなのかなって思ったのです。空はご覧のとおり、喋らないでしょ。外に感情を表さない分、感情を表せる絵に心引かれるのかなって。

でももうちょっと考えたら、違った。
多分答えは、確実に写してしまえるからでしょうね。記録に残せてしまうから。

絵も写真もビデオカメラも、風景や人物を写し取ることができます。記録に残せます。
ただそれは、風景や人物をそのまま写し取るだけではなく。絵は当然ながら、写真やビデオカメラも、その時感じたこと、その時思ったことなんかを、十分ではありませんが、写し取ることができます。絵なら描き方で、その絵に自分の感情を反映させられます。写真やビデオカメラなら撮り方、動かし方……それらで、ただそのまま撮るよりも、感情を反映させることができるのです。
そういう点では、絵も写真もビデオカメラも大きな違いは無い。
じゃあ何が違うかというと、記録力ですね。

「私の興味あるものは、立ち止まってくれない」

すぐ動き出すもの、消え去ってしまうものを絵で記録するのは、非常に難しいけれど。写真なら、あるいはビデオカメラなら、もっと簡単に記録できる。

「ミケの、顔に似合わず可愛い声も、スケッチブックには描けない」
「描きたいもの、描けないもの、たくさん、たくさんあって」
「この時期、ここのミラーに反射する光のふしぎ。これもきっと、スケッチブックには描けないだろう」


自分の感情も含めて描こうとしたら、とても時間が足りない。カメラなら記録は出来るけど、写真や映像に含まれる感情は、とても少ない。

空が何で喋らないのかというと、案外、真面目だからじゃないかな。
人間の感情も思考も、言語で行っているのではありません。悲しい、嬉しいなどの感情は、先になにか得体の知れない感情というモノが自分の中に生まれているのを確認した上で、その後に、感情に名前を付けるのです。思考もそう。言語を使うけど、言語だけで行われているわけではない。言語が生まれるずっと昔から、人間は感情を持ってるし思考をしてきたのですから、当たり前ですが。
僕らが喋ることも、考えを何かに表すことも、全てその、言語で行っていないことを言語に書き直して、行っているのです。でもそれって、十分に感情や思考を表しているワケではないですよね。胸の中のモヤモヤを何と喩えていいのか分からなかったり、脳内では筋道立っているのだけれど、言語に直すとどうにも穴だらけになったり。その時々の感情・思考に、完璧に一寸の狂い無く当てはまる言葉が存在しているワケではないし、当てはまりそうな言葉を探し出すのも一苦労。
空が喋らない理由は、こういうのもあるんじゃないかなぁと、スケッチブックとカメラの話を見て思いました。
カメラは記録できる。対象を記録できるし、そこに自分の感情を反映することができる。でもそれって、自分が見たもの、自分の感情、それを「そっくりそのまま」に記録することは、不可能なのですよ。それと同じ様に、自分の感情を、自分の考えを、「そっくりそのまま」に言語に直すことは不可能。だから多分『ダメ』なんじゃないかなぁ、と思う。

でも。伝えたいという気持ちがあるから、伝わらないと分かりながらも、言葉を発するように。伝えたいという気持ちがあるから、伝わらないと分かりながらも、スケッチブックを持ち歩く。自分で「描けないだろう」と言っているように、多分描けないんだろうけど。多分ずっと喋らない子なんだろうけど。それでも、たとえば描けないと分かりながらもスケッチブックを持ち歩くのは、ちょっとした出会いや小さな発見に対して、中途半端な感情でなく真摯に向かい合う、という意思が感じられて、なんというか、言うこと無いくらいにイイです。


公式サイトのストーリーの項がとっても良くって。
ストーリーを、たとえばあらすじとかにして示しても、カメラじゃダメと同じく、途轍もなく意味が無い(この作品においては)、という感じがします。この、一々、ひとつひとつの出来事に、真剣に向かい合っているような態度が、とっても良いです。

「らき☆すた」物語論

 2007-10-02
■はじめに
・「らき☆すたって物語が無いよね」と気軽に仰っている方に、物語って何なのかを考えていただきたく書きはじめました……けどなんか、途中からズレてきた感じ。クドイくらいに書いてるのに、大事な所を書き忘れている気がする(らき☆すたについてだけだから、敢えてスルーしている部分はありますが)。
・表現や構造はちょっとだけ、受容の方には全く踏み込んでいないので、物語論としても、らき☆すたの物語論としても片手落ちなシロモノです。(たとえばらっきー☆ちゃんねるとか白石EDとか一年生組の意味を置いといているので)。いつか時間と気力と考えがあれば書きます。
・アニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」「涼宮ハルヒの憂鬱」「ワンピース エピソードオブアラバスタ(劇場版)」を、参考対象として挙げており、それらの作品のネタバレが多少はございますので、ご注意下さい。

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