「原作に忠実なら、原作を読めばいい」に対して
2007-12-13
※追記http://b.hatena.ne.jp/entry/http://bdkiss.blog54.fc2.com/blog-entry-464.html
こちらのブクマコメントに対する反論……というか、正しくは「じゃあ原作読めばいい」というこの言葉自体に対する反論です。
http://d.hatena.ne.jp/n_euler666/20071210/1197282169
あと一応こちらも……。こちらを読む前に書き始めた記事なので、直接的に言及しようという意思はありませんが、書き終わる前に拝見した以上、一応、頭の片隅には入っていましたので。
『言葉』自体に対する反論なので、リンクも貼らなかったのですが、今から考えたら、何だか卑怯というか陰口みたいな感じですし、見てる方にも説明不足すぎですし、遅ればせながらリンクを貼らせていただきます。すみません、その点は少し謝ります。
「原作に忠実なら、原作読めばいい」
個人的な意見としては、もちろんアリです。
でも、それを、「そうするべきだ」、「それが正しい」、みたいに語られるのには、違和感を覚えます。
CLANNAD -クラナド- 第10回 「天才少女の挑戦」
2007-12-07
※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」10話までの内容が含まれています。 アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。
※画面比率「4:3」視聴時の感想です。
京アニCLANNADの「16:9」と「4:3」はやっぱ違うよなー
2007-12-06
16:9の方のクラナドをぼちぼち見てるんですけど、やっぱ全然違うよなー。誰それが見切れてるとか、居なかった人・モノが写るようになってるとか、そんな話だけではなく。人が写っていない空間、空白がもたらす物語(ならびにキャラクター)に対する印象が、空白が無い(乏しい)4:3と比べて、かなり違う。
いやもう、第1話最初の、坂道のシーンだけでもあまりの違いに大ショックを受けました。いやもう、全然違う。空白がもたらす、余白がもたらすモノが。4:3はキャラがでっかく写るから、切迫感や余裕の無さが見える。背景がこじんまりだから、世界はこの二人だけみたいな限定感が強く感じられる。余白が少ないから、出会ってカラーになった直後のカメラがぐるっと回る所、「16:9」のあの場面にある雄大さ、坂のうしろ(過去)に対する包括さが全く持って薄れてる。てか死んでる。


ここの坂道の場面は、「俺達は登り始める。この長い、長い坂道を……」からも察することが出来るように、彼らの人生の暗喩的なものでもあって。
坂道には、上にはまだ見ぬ何処かがありながらも、その険しい道のりには逆境的なものが含まれていまして。上を目指して歩き続けていても、困難や試練がに直面して立ち止まってしまう時もある。みんながとっくに登り終えた後に、色々な理由があったり勇気が足らなかったりして遅れてやってくる者もいる。そこで、多少は共通した部分もある二人が、出会って登っていく、と。
でー、この場面はやっぱ、坂のうしろ=すなわち過去を包括しているかしていないかで、かなり違ってきちゃうと思うんすよ。何というか、バスケのこととか怪我のこととか親父のこととか、病弱のこととか性格のこととか、そういう、ここに至った、ここに至るまでの全てが内包されているか内包されていないか。『過去』というものを意識して作られているのかそうではないのか。原作と異なり一本道だ、ということを考えると、よりそういう所も重要かなと思えてしまう。過去があってここがあるのか、そうではないのかに対して、自覚的でいることは。
結局は、(たぶん)16:9の方が正しいというか、作者の意図に正確だと思われるので、過去も内包されて今がある、という形が意識されてるんでしょうけど。
うーん、16:9を見ると、4:3では見えてなかった部分がめちゃくちゃ出てくる。発見が多すぎる。
これはこれで凄い嬉しいんですけど、4:3の時に書いた感想、16:9でしか視聴していない人が見ると「何処見てるんだコイツ」とか思われそうw。(4:3しか見てないけど「何処見てるんだコイツ」と思うというツッコミ(もしくは本音)は、心にグサーと来るのでカンベンしてください)
クラナドは4クール!(…だったら嬉しい)
2007-12-01
某関係者からのタレコミ(あくまでタレコミ。真偽の確認をしてるわけではないのであしからず。話半分で。)によると、「CLANNAD」は2クールではなく、4クール構成らしい。DVDの型番が初回版と通常版の間で飛んでるのは、3クール目以降の存在を隠す為だったようで。
http://d.hatena.ne.jp/moonphase/20071130#p2
(↑原作ネタバレあるので注意)
ちょっ、マジすか!
……とはいえまあ、当然ながら(話半分と仰ってるように)確定ではないでしょうが。
しかしワザと空けてあるというDVDの型番は、CLANNADは2クール+特別編になりそうで書いた通り、6本分しか空いていません。
http://www.i-love-key.net/archives/2007/11/clannad4moon_phase.html
(↑こちらも、原作ネタバレあるので注意)
うーん。『4』かどうかはともかく、『2』以上である可能性を、結構期待してもいいのかもしんない。
僕としては、1分1秒でも長く見れれば本当に嬉しい。
……でも『4クール』だったら、今のペースを考えると逆に余っちゃう…間延びした内容になっちゃうとかいう可能性もありえなくもないかも。(それでも1分1秒でも長い分それは嬉しいんだけどw)
京アニのCLANNAD観察眼
2007-12-01
風子が「足をぶらぶらする」ところ。


今のところその描写があったのは、第5話・授業開始前のところと、第8話・お誕生会セットを買ったあとの噴水のところと、第9話・朋也と渚にお互いを下の名前で言わせようとしたところ、ぐらいですか。他にもありそうな気もしますけど、とりあえず僕が気付いたのはこれだけ。
さて、この風子の足をぶらぶらさせる描写は、原作でも風子の機嫌の良さを表すものとして、一箇所だけですが言及されています。
よほど嬉しかったのか、席を座ってからも、犬が尻尾を振るように、足をぶらぶらとさせて機嫌の良さを表していた。授業シーンのところですね。幸村に(原作では早苗さんではなく、幸村が先生役をやってます)教科書を朗読するように指示され、最初嫌がっていましたが何とか挑戦して、それがつたないながらも一生懸命でして、その姿を皆が褒め称えて、ヒトデの彫刻を抱いてトリップしちゃう時と同じ現象が起きるくらいに機嫌が良くなった風子に対する、描写です。
原作で一回、それもほんのちょっとしか描写されていないことを、風子自身を表すものとしてしっかりと取り入れて、効果的に、かつ印象的に使う。これにはもう、これを作ってる人たちは原作が本当に好きなんだな、しっかりやり込んで理解して、だからこんな風に表現出来るんだな、と思わされるほどです。
と、いうことを、たこーすけさんのトコのコメント欄に書かせていただいたのですが、その後に気付きました。
―――こだわりといえば、京アニさんの場合、キャラ毎に歩き方の癖をつけるじゃないですか。ゲームでは歩かないのに毎回どやって考えてるんだろうと思うんですが。
石原 : それは原作の中に、観鈴だったら「とてとて」とか、ことみだったら結構早足とかヒントが描写してあるんで、そういった印象を元にしつつやってますね。
(「メカビ」07年秋号のインタビューより)(「石原」は、京アニCLANNAD監督の石原立也さん)
あー、そうか、彼らにとってみれば、このくらい当たり前なんだ。
考えてみれば、AIRも、Kanonも、そしてCLANNADも、全然キャラクターの動きや仕草がおかしくない。「おかしくない」という言い方も変ですけど、少なくとも個人的には、絵が動くことはない原作ゲームをやった時に脳裏に想像されたキャラクターの動きの映像に対して、京アニの前述三作は全く違和感を覚えなかった。キャラクターの動きや仕草に関しては、自分がゲームをやった時のイメージと比べて「こんなの変だ!」みたいな感想は全くと言っていいほど出てこない。や、それよりむしろ、明らかに自分のイメージより正確なカタチでアニメーションされていると思えてしまう。
そしてその原動力は、原作を深く知り、深く理解し、そしてほんのちょっとの描写も見逃さずに拾うこと。
こんな僕でも気付くようなトコは余裕で気付いていて拾っていて、そして多分他にも、他のキャラクターでも、たくさん、原作にある細かい所作を拾ってきて、上手い具合に人物達のパーソナリティとして仕立て上げているんだろうなぁ。だって渚も風子も杏も早苗さんも秋生も春原も他の面々も、その動きや仕草に、もの凄く違和がないし。
そんでもって、深い理解と観察から作られたこの作品を見ることで、こっちの原作理解もさらに深まるんだろうなぁ。もう感謝したくなるほどの真摯さです。次のこういう発見が、ホント楽しみ。




