2007'06.17 (Sun) 01:38
遅ればせながら、積んでいた「グレンラガン」見ました!
ちょこっと見た電ノコ(電脳コイルのこと)もメチャクチャ良さげだったので、どっちから見るか迷ったけど取り敢えずグレンを先で。電ノコもいずれ見ます。多分。きっと。
まだ全部は見てないんですけど。全部見てから書こうかと思ってたけど、忘れちゃいそうなので今のうちにそそくさと思いついたこと書いておきます。
取り敢えず9話までは見ました。
■6話「お前ら湯あたりがどうのこうの」
■7話「お前がやるんだよどうのこうの」
■8話「あばよ、ダチ公」
実は8話でカミナが死んじゃうということは事前に知ってまして、それを知った上で見ているからか本当に悲しくなる。
「天元突破」というキーワードからは、『成長』なんてものを想起させられます。てゆうか作品自体が『成長』って感じです。
閉ざされた地中から、開かれた地上へと「突破」するシモンとカミナ。
地底からの離脱は、閉塞された自身を解き放つものであるのですが、あまりに際限なく広く、さらに苛酷な敵が存在する地上は、地上の「悪さ」を雄弁に語ってくれます。つまり、地底のあの村にいては自由はなく、ただ死する日まで黙々と働き続けるだけではあるのですが、同時に、その環境は自分を「死なす」ことなく、庇護してくれるものでもあったという。
しかし、その地底の環境は、カミナにとっては逆に苛酷でした。
たとえ地底といえど、地震が起きれば死ぬかもしれない。病気や怪我で死ぬこともあるかもしれない。「死」が全くない訳ではない。だが、基本的に、そこは「死」から身を守ってくれる空間ではあった。与えられた仕事をこなし、決められたルールを守って、その地底の世界で暮らしていけば―――強靭で巨大な敵がいて、常に選択を強いられ、死と隣り合わせである地上のような、『苛酷さ』は存在しない。
保護される代わりに、与えられた仕事をこなし、決められたルールを守らなければならない。それが地底の決まり。
ですがそこには、自分の『意思』というものが介在できません。そこが、カミナにとっての「逆に苛酷」な部分。そうつまり、カミナは安定した生活よりも、死よりも、自分の「意思」を貫き通す道を選びたかったのですそして、選んだのです。
守られていた世界―――地底を捨て、戦いの世界―――地上へ。
カミナの意思―――それは、「何処まで行けるのか」ということ。
地上へと旅立った親父。
それを追うように、己も地上へと旅立ったカミナ。自分は親父に追いつけるのか。
その親父が、早々に死んでいたということ。
それを追い越して、さらに前へと進もうとするカミナ。自分は何処まで行けるのか。
自分は何処まで行けるのか。
カミナの限界。ヒトの限界。肉体や頭脳、精神の限界。どうしようも出来ないことは沢山ある。絶対に敵わないであろう相手は沢山いる。
すなわち、自分が自分である、ということの限界。
それに抗うのが、カミナ。
自分が敵わないような相手でも、自分に出来ないようなことでも、絶対に『出来ない』とは、認めない。何処までも戦い続ける。自分自身と、戦い続ける。自分の限界を知り、さらにそれを「越える」こと。自分は(物理的にも精神的にも)果たして、何処まで行けるのか。これこそが「天元突破」なのです。
自分の限界を越えること。無理だと思える場面でも、必死に抗い続ける彼は、一途にその思いの為に戦い続けます。負けを認めたら、無理だと認めたら、そこでおしまい。それが限界になってしまう。だから負けも無理も認めない。―――彼は、獣人たちと戦うと同時に、自分の中の「負け」「無理」を認めようとする心とも、戦っていたのです。
「負けねえ退かねえ悔やまねえ!前しか向かねえ振り向かねえ!」
「無理を通して道理を蹴っ飛ばすんだよ!」
彼が口にする言葉は、自分自身を鼓舞する言葉のように聞こえました。
無理だ、負ける、引き返したい、駄目だ、限界だ。
そんな思いを認めさせない、己を鼓舞するための言葉。「男の魂~~」なんて部分なんて、本当にそう。男なんだから、こうありたい、こうあるべきだ、なんて思いが乗っています。
そして何より。
「俺を誰だと思ってやがる!」
この言葉が、一番の自分に対する鼓舞。
獣人どもに言ってる言葉じゃありません。カミナが有名になってからならともかく、カミナが無名時代にこんなこと言った所で、相手は「?」ってなるだけです。知らない人から「俺を誰だと思ってやがる」なんて言われたって、「だから?」となってしまうだけ。
この言葉は、自分に対して言っているのです。
無理だ、負ける、引き返したい、怖い、逃げたい、限界だ。そんなことを思う自分の心に対して、自分が理想としている『カミナ』を提示して、「逃げるなっ!立ち向かえ!」と叫んでいるのです。
だから、これは「カミナの強がり」の物語だったんですよ。
本当に「何処まで行けるのか」を試すなら、時には引いた方がいい。退いた方がいい場面だって多々ある。7話の戦艦ガンメンが出てきたトコロなんて、まさにそう。負ける、死ぬ確率が大な所に突撃することは、要するに「負けに行く、死にに行く」ようなものなんです。
それでも、それでも引かない、というか引けないカミナ。
もう一歩だって引いたら終わりだと分かっているから。強がりと意地と強情と根性と気合いでここまで来た男だから、それを少しでも無くしてしまったら本当に終わってしまう。やせ我慢の極地。でも、これがカミナの方法論でもあったのです。自分の限界を越える方法、天元を突破する方法論。
しかし、そんなカミナも死んでしまいます。
でもこれ、道半ばとか志し半ばというと、ちょっと違和感あるんですよね。カミナは最後まで自分の道、自分の志を貫き通した。最後まで足掻いて、自分の恐怖に打ち克って、戦い続けた。カミナの目指したところは何処かの場所や何かの物じゃなくて、自分の中の【理想とするカミナ】であって、それを最後まで追い続けられたということでは、自分の道も志しも「貫き通した」といえなくもないのですね。カミナは親父の骸を確認して以来、一瞬たりともブレずに『カミナ』であり続けられた。
「お前を信じろ」
「お前が信じる俺でもない、 俺が信じるお前でもない」
「お前が信じる、お前を信じろ」
最後まで自分の恐怖心に抗い続けた男、カミナ。彼は誰を信じていたのでしょう?それはもちろん、自分自身です(正確には、目指すべき理想のカミナ)。
誰かが信じるカミナではなく、カミナが信じるカミナを信じてきた。すなわち、自分が目指している理想としてのカミナ。今カミナが進んでいる道と地続きにある先に存在する、【カミナ】。
「俺を誰だと思ってやがる!」
最後の最後までブレずに【カミナ】であり続けたカミナは、まさに『カミナ』でありました。
「シモン、お前、自分を誰だと思ってやがる」
さて、自分自身を信じたカミナ。そしてそれを、シモンの『道』として遺して逝ったカミナ。
果たしてシモンには、それがあるのか?
自分の理想とする自分像は存在しているのか?
そこを目指し、限界を突破しようと足掻くこと、そしてその行動を、つまり自分自身を『信じる』ことができるのでしょうか?
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長くなったので取り敢えずこの辺で。9話以降は明日くらいに書きます(多分)。
ちょこっと見た電ノコ(電脳コイルのこと)もメチャクチャ良さげだったので、どっちから見るか迷ったけど取り敢えずグレンを先で。電ノコもいずれ見ます。多分。きっと。
まだ全部は見てないんですけど。全部見てから書こうかと思ってたけど、忘れちゃいそうなので今のうちにそそくさと思いついたこと書いておきます。
取り敢えず9話までは見ました。
■6話「お前ら湯あたりがどうのこうの」
■7話「お前がやるんだよどうのこうの」
■8話「あばよ、ダチ公」
【More】
実は8話でカミナが死んじゃうということは事前に知ってまして、それを知った上で見ているからか本当に悲しくなる。
「天元突破」というキーワードからは、『成長』なんてものを想起させられます。てゆうか作品自体が『成長』って感じです。
閉ざされた地中から、開かれた地上へと「突破」するシモンとカミナ。
地底からの離脱は、閉塞された自身を解き放つものであるのですが、あまりに際限なく広く、さらに苛酷な敵が存在する地上は、地上の「悪さ」を雄弁に語ってくれます。つまり、地底のあの村にいては自由はなく、ただ死する日まで黙々と働き続けるだけではあるのですが、同時に、その環境は自分を「死なす」ことなく、庇護してくれるものでもあったという。
しかし、その地底の環境は、カミナにとっては逆に苛酷でした。
たとえ地底といえど、地震が起きれば死ぬかもしれない。病気や怪我で死ぬこともあるかもしれない。「死」が全くない訳ではない。だが、基本的に、そこは「死」から身を守ってくれる空間ではあった。与えられた仕事をこなし、決められたルールを守って、その地底の世界で暮らしていけば―――強靭で巨大な敵がいて、常に選択を強いられ、死と隣り合わせである地上のような、『苛酷さ』は存在しない。
保護される代わりに、与えられた仕事をこなし、決められたルールを守らなければならない。それが地底の決まり。
ですがそこには、自分の『意思』というものが介在できません。そこが、カミナにとっての「逆に苛酷」な部分。そうつまり、カミナは安定した生活よりも、死よりも、自分の「意思」を貫き通す道を選びたかったのですそして、選んだのです。
守られていた世界―――地底を捨て、戦いの世界―――地上へ。
カミナの意思―――それは、「何処まで行けるのか」ということ。
地上へと旅立った親父。
それを追うように、己も地上へと旅立ったカミナ。自分は親父に追いつけるのか。
その親父が、早々に死んでいたということ。
それを追い越して、さらに前へと進もうとするカミナ。自分は何処まで行けるのか。
自分は何処まで行けるのか。
カミナの限界。ヒトの限界。肉体や頭脳、精神の限界。どうしようも出来ないことは沢山ある。絶対に敵わないであろう相手は沢山いる。
すなわち、自分が自分である、ということの限界。
それに抗うのが、カミナ。
自分が敵わないような相手でも、自分に出来ないようなことでも、絶対に『出来ない』とは、認めない。何処までも戦い続ける。自分自身と、戦い続ける。自分の限界を知り、さらにそれを「越える」こと。自分は(物理的にも精神的にも)果たして、何処まで行けるのか。これこそが「天元突破」なのです。
自分の限界を越えること。無理だと思える場面でも、必死に抗い続ける彼は、一途にその思いの為に戦い続けます。負けを認めたら、無理だと認めたら、そこでおしまい。それが限界になってしまう。だから負けも無理も認めない。―――彼は、獣人たちと戦うと同時に、自分の中の「負け」「無理」を認めようとする心とも、戦っていたのです。
「負けねえ退かねえ悔やまねえ!前しか向かねえ振り向かねえ!」
「無理を通して道理を蹴っ飛ばすんだよ!」
彼が口にする言葉は、自分自身を鼓舞する言葉のように聞こえました。
無理だ、負ける、引き返したい、駄目だ、限界だ。
そんな思いを認めさせない、己を鼓舞するための言葉。「男の魂~~」なんて部分なんて、本当にそう。男なんだから、こうありたい、こうあるべきだ、なんて思いが乗っています。
そして何より。
「俺を誰だと思ってやがる!」
この言葉が、一番の自分に対する鼓舞。
獣人どもに言ってる言葉じゃありません。カミナが有名になってからならともかく、カミナが無名時代にこんなこと言った所で、相手は「?」ってなるだけです。知らない人から「俺を誰だと思ってやがる」なんて言われたって、「だから?」となってしまうだけ。
この言葉は、自分に対して言っているのです。
無理だ、負ける、引き返したい、怖い、逃げたい、限界だ。そんなことを思う自分の心に対して、自分が理想としている『カミナ』を提示して、「逃げるなっ!立ち向かえ!」と叫んでいるのです。
だから、これは「カミナの強がり」の物語だったんですよ。
本当に「何処まで行けるのか」を試すなら、時には引いた方がいい。退いた方がいい場面だって多々ある。7話の戦艦ガンメンが出てきたトコロなんて、まさにそう。負ける、死ぬ確率が大な所に突撃することは、要するに「負けに行く、死にに行く」ようなものなんです。
それでも、それでも引かない、というか引けないカミナ。
もう一歩だって引いたら終わりだと分かっているから。強がりと意地と強情と根性と気合いでここまで来た男だから、それを少しでも無くしてしまったら本当に終わってしまう。やせ我慢の極地。でも、これがカミナの方法論でもあったのです。自分の限界を越える方法、天元を突破する方法論。
しかし、そんなカミナも死んでしまいます。
でもこれ、道半ばとか志し半ばというと、ちょっと違和感あるんですよね。カミナは最後まで自分の道、自分の志を貫き通した。最後まで足掻いて、自分の恐怖に打ち克って、戦い続けた。カミナの目指したところは何処かの場所や何かの物じゃなくて、自分の中の【理想とするカミナ】であって、それを最後まで追い続けられたということでは、自分の道も志しも「貫き通した」といえなくもないのですね。カミナは親父の骸を確認して以来、一瞬たりともブレずに『カミナ』であり続けられた。
「お前を信じろ」
「お前が信じる俺でもない、 俺が信じるお前でもない」
「お前が信じる、お前を信じろ」
最後まで自分の恐怖心に抗い続けた男、カミナ。彼は誰を信じていたのでしょう?それはもちろん、自分自身です(正確には、目指すべき理想のカミナ)。
誰かが信じるカミナではなく、カミナが信じるカミナを信じてきた。すなわち、自分が目指している理想としてのカミナ。今カミナが進んでいる道と地続きにある先に存在する、【カミナ】。
「俺を誰だと思ってやがる!」
最後の最後までブレずに【カミナ】であり続けたカミナは、まさに『カミナ』でありました。
「シモン、お前、自分を誰だと思ってやがる」
さて、自分自身を信じたカミナ。そしてそれを、シモンの『道』として遺して逝ったカミナ。
果たしてシモンには、それがあるのか?
自分の理想とする自分像は存在しているのか?
そこを目指し、限界を突破しようと足掻くこと、そしてその行動を、つまり自分自身を『信じる』ことができるのでしょうか?
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長くなったので取り敢えずこの辺で。9話以降は明日くらいに書きます(多分)。
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