らき☆すた 21話「パンドラの箱」感想 つうか泣いたよ編
2007-08-29
泣いた。
……えっ?
ていうか……
え?……『らき☆すた』で泣くんですか俺?
泣くんです(←結論)
ああもうイカンよ危ないよ最高だよ!かがみらー(かがみ好きのコト)達はみんな、修学旅行のBパートを見て泣くべきであって泣くしかない運命であって泣くことが必然付けられているのですよ!!
(てゆうか、かがみの表情・かがみの演技(声含む)、その全てが圧倒的に凄すぎた!)
とにかくもうね、修学旅行のBパートがね、素晴らしいを通り越してつーか普通に泣きものなんです。特にかがみ好きにとっては、彼女が如何に、こなたたちのことを大切に思っているのか、それがもう出まくってまして、それでもう泣きまくりなんですよ!

修学旅行。京都への旅行。普段とは違う空間、普段とは違う心持ち。
ですけどそれは、普段の自分からそんなに大きく変わるものではありません。
当たり前ですね。自分自身の修学旅行とか思い返せばいい。旅先での開放感、普段と違う環境ということから、多少はテンションが上がったりするけれど、普段の自分からそこまで大きくは変わらない。ハメ外しすぎちゃう人もたまにいるけど、大抵は、ちょっと浮ついたりちょっとはしゃいだりするくらいで、普段の自分と、そんなに大きくは変わらない。

こなたやかがみたちも、そう。
いつもとは違う京都という地で、いつもとは違ってちょっとはテンションも上がっているのだろうけど、それでも、普段の自分から大きくは変わらない。
だから、みんないつも通り。
つかさはちょい天然ゆるい型いやし系ですし、みゆきさんは相変らず知識力発揮してますし、こなたはネタやボケを披露しますし、かがみはそれに逐一突っ込む。や、勿論それは表層的なことで、その根底には、相手に対する、そしてこの4人で居る空間・時間に対する、思慮と配慮がなされているのですが。
修学旅行と言っても特に気負わず、殆どいつも通りの4人なのですが、やっぱりそこは「殆ど」。これが無いと眠れない、という道具をそれぞれ持ってくるように、普段とはちょっとだけ違う。それがちょっとだけ、いやちょっとずつ、表れてきます。

「なんかさ、修学旅行に来て、急にくっつくカップルっているよね」
「修学旅行イベントは外せないね」
「やっぱり、学校から外へ出た環境が、開放的にさせるのではないでしょうか」
先にも書きましたが、修学旅行なんかは、環境の変化と事象の希有性と一回性により、普段とは多少なりとも違います。テンションが上がったり、気持ちが上ずったり。「なにかが起こる」or「なにかをしよう」。そういったことが自分に降りかかる。そういったことを自分が起こす。そのような期待を、持てる状況にあるのです。
といっても、そこは修学旅行といえど普段と同じような行動・言動のかがみさん御一行。修学旅行だからって、「そういった」イベントが自分の身に降りかかるだなんて、微塵も考えていません。恋愛みくじなんてどうでもいいわよと言う様に。まあ、そんなこと言いながらもおみくじを引くかがみさん、ちょこ〜〜〜っとくらいは、思考の端の端には、期待もあったりするのだけれど。「夢が無いねえ」と言われるように、実現しない夢なんてわざわざ自認することもない、けれどおみくじを引いてしまうくらいには、それを切り捨てない。ちょっとくらいは、期待している(期待と言うのもおこがましいくらいに、自覚はしていないのだろうけど)。そういった現実主義者ぶったロマンチスト的側面が、ちょっとかがみにはあるんです。
そしてその、自覚していない程度のちょっとした期待が、現実になる。


ああ、もう、端的に言えば、「まさか私にそんなことが起こるわけもない」ですよ!
手紙を確認しただけで、ドキドキしながら走っていくかがみ。手紙を読んだだけで、真っ赤になってしまうかがみ。
自覚していないレベルの期待が実現するという不意打ちと、異性と付きあったことがないからこその初々しさ!このかがみを可愛いと言わず何を可愛いと(ry
そんな可愛いかがみですから、この手紙を受け取っただけで、それはもう魂抜かれちゃいます。今まで意識していなかったその辺の男子を、意識して目で追ってしまったり、こなたのネタにツッコミを入れなかったり。
手紙を受け取ったことで、「普段のかがみ」ではなくなってしまったのです。
気持ちが浮ついちゃって、落ち着かなくて、「普段の」こなたやつかさやみゆきたち相手に、「普段の」かがみで応じることが出来なくなってる。



そして、手紙に書かれた約束の場所、約束の時間。
まだ見ぬ相手のことを待つかがみ、まだ見ぬ相手のことを想うかがみ。
期待……として顕現していなかった期待が、現実として顕在してしまう……そんな不安と躊躇いを和らげるため自分の髪を撫でたり、「こんなこと、柊にしか言えないから」という相手の台詞に、これが本当に現実なんだって、自分を好きな男の子がいるんだって、目を見開き、そして深く目を閉じて、それを確かに認識する。
自分を好きな人がいて、今から自分は告白される。
そんな、修学旅行だからって、急にくっつくカップルみたいなのが、自分の身に降りかかるという現実を、しっかりと、認識する。
そして、その相手の男の口から出た言葉は…。

「清水寺の、おみやげ屋さんで買ってた、あの人形を譲ってくれ!」
勘違い!空回り!
自分を好きな人がいるかも、いつもと違う何かが起きるかもという期待は、全然の勘違い。
期待に呑まれ、普段の自分と違う自分になっていたけれど、それは全くの思い違いで勘違いだったのです。ああ、しかも……期待を顕現させないかがみが自覚しちゃったものだから、それは寧ろ、"より"に。鴨川の川縁に並ぶ等間隔カップルを、そこに何かを投影しているのか、そこに何を想起しているのかってくらいに、見入っちゃう程に。
そんなかがみの変化に、目ざとく気付くのがこなた。
てゆうか、この前の日、手紙を受け取って変化を生じたかがみに、こなたはいち早く気付いていました。

「あ、ツッコまな……」
その後の、「いざ行く!聖地へ!」への反応も。
ああ、しかし、これで思うのって、こなたってただ自分が話したいからオタクネタ話をしていたのではなくて、ちゃんと反応を考えて、それでネタ話していたんですね。これを言って相手が反応してくれるということ。相手の空気と、周りの空気。それを十分に読んでいたんだな〜と、深く思いました。
と、それはともかく。
修学旅行とはいえ、普段と殆ど変わらないこなたには、普段と少し違うかがみが―――その、「少し違う」ということが、非常にはっきりと認識できました。突っ込みを入れてくれないかがみ。イマイチ反応が薄いかがみ。相手の普段を知ってるから、そして自分が「普段」であるからこそ気付く、相手が「普段」と同じではないということ。
今までの積み重ねです。
今までず〜っと、こなたとかがみは(ならびにみんなとかがみは)一緒に過ごしてきた。だから、普段とのちょっとした差異が分かる。だから、この橋のシーンでツッコミを入れてくれたかがみが、昨日までと違う、普段と同じかがみだということが、分かる。
そしてだから、だからこそ。
昨日のかがみがいつもと違うかがみだということが、より分かるのです。
ああもう、「だから」だらけで申し訳ないですけど、だから、多分何があったかなんて何も知らない(というか、何かがあったということすら知らない)こなたが、「かがみがふて寝してるかと思った」と言うし、何も知らないみんなが、あのようにプリクラを取って、かがみを元気付けようとする。
何があったかなんて、何もしらないけど。
何かがあったのかどうかも、わからないけど。
でも、普段と違う、ということだけはわかる。
だから―――だから、元気付けようとする。私たちはかがみが好きなんだよと、「We Love Kagami」、と。

かがみを好きな男の子はいなかったけれど。
でも、かがみを好きな友達はいる。
ああもう、そりゃ、今までの20回の「らき☆すた」で、十分に描写されてきたけれど。今回だって、たとえば、(最初の待ち合わせ時に)あんなに長い間「ここだよ〜」って感じで手を挙げて自分の存在を知らせているこなたとか(背が小さいから、より、アピールの手段に手を挙げるんだろうなぁ)、自由行動でもないのに、自分のクラスを完全にブッチしてこなたたちと行動しまくるかがみとか。
本当、お互いがお互いを、普通の意味で「好き」なんです。
だからいつも、「一緒に」いる。

そしてこの、「好き」で「一緒にいる」の積み重ねは、本当に本当に……ああ、なんでしょう。かがみの部屋のシーンを見て下さいよ。「あんな恥ずかしいの貼れるわけないって」と言いながら、友達の写真をたくさんたくさん貼っている。そしてその、「あんな恥ずかしい」プリクラも、しっかりと貼っている。
これを見るだけで、十分伝わる。
この友達との繋がりが。どれだけ好きで、どれだけ大切かということが。
今までずっと一緒にいた、大好きな友達という積み重ねが、何も言わなくても自分を励ましてくれたり、元気付けてくれたりする。この繋がりこそが、言うなれば「パンドラの箱」に残っていた希望みたいなものです。これこそが「らっきー」です。「吉」です。

たとえば先生。ネットゲームがメンテナンス中で、繋がらない。たとえネットの向こうの友達とはいえど、大切な仲間たちと繋がれないことは、十分に凶なんです。一緒に居て、楽しい思いを分かち合える友達と、なんらかの事情があって繋がれない、という不運。
一緒に居て楽しい思いを分かち合える、自分を元気付けてくれる、大好きな友達。そのような存在は、まさに「吉」「幸運」といえるのです。
『半吉』の説明を思い出して下さい。
半分吉で、半分凶。
いいことがあるし、悪いこともある……多分そんな感じ。
実際、期待を起こさせるような「いいこと」に出くわした後、すぐにその期待が裏切られる「悪いこと」に出くわしたりする。
でも、そんな凶は……半分分の凶は、友達の力であっさりと、ふて寝をしようと思わないくらいあっさりと、乗り越えられる。
この「We Love Kagami」。
4人で撮り、みんなが自分のことを好きだと言ってくれているこのプリクラを、半分吉で半分凶の『半吉』の、「半」の部分に貼っているように。

大切な友達の存在。その存在が、『半吉』を『吉』にしてしまう。
大切な人との積み重ね、大切な人との繋がり。
自分を大切に思ってくれる人との積み重ね、自分を大切に思ってくれる人との繋がり。
彼女たちと一緒に居れること、彼女たちが自分を好きでいてくれること。
積み重ねてきたもの、ここまでの歩み、そしてイマ、そんな友達が居てくれるということが。
かがみにとって、この上のない、「吉」なのです。
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