CLANNAD -クラナド- 第7回 「星形の気持ち」

 2007-11-20
ちょっとばかり、原作ネタバレ度が以前より上がってます。明確に言葉に出すのはないけれど、匂わす程度のはちょい増えた。やーだって、そうしなきゃもう書けないんですもの(泣)。

※以下には、京都アニメーションの「CLANNAD」7話までの内容が含まれています。
アニメのネタバレになりますので、閲覧の際にはご注意下さい。
※画面比率「4:3」視聴時の感想です。


風子が、かつて歩めなかった「最初の一歩」の先、二歩目以降を今、(夢の中で)、歩いている。

clannadclannad

「みんなに話しかけられても、挨拶も出来なくて。
ずっと、浜辺でヒトデと遊んでいたんです。ひとりぼっちで。
その時、はじめて分かったんです。
ふぅちゃんは誰にも寄って行かない子だって。
そんな感じで、あの子は中学を卒業しました。
でも、このままじゃダメだと思って…
春休みに入ると、私はあの子を突き放して過ごしました。
とても辛かったですけど、私は、忙しいふりをし続けたんです。
ふぅちゃん、とても寂しい思いをしていたと思います。
でも、その寂しさが、新しい学校で友達を作ろうって意気込みに変わればいいと思って。
そして入学式の朝、あの子は言ってくれたんです。
頑張って、お友達を作るって。
あの日は、とても気持ちのいい朝で…」


そして、その入学式の帰りに、風子は事故にあった。

端的に言えば、その"続き"でもあるのでしょう。
事故で通えなかった学校。友達を作ると意気込んで一歩目を踏み出したのに、二歩目に届かなかった運命。
その続きを、今ここで行っている。というか、そうなってしまっている。

風子がここに出現したのは、第一には、姉の結婚を祝ってもらうためという目的での出現であり、風子の行動もそれに則ったものでしたが。渚や朋也の行動は、その目的に対して最短でも最効率でもありません。目的達成の最短距離からは程遠い、無駄なおしゃべりがあったり。朋也はしょっちゅう風子にちょっかいかけたり。渚は、(最初の方は特に)風子に「遊ぼう、遊ぼう」と遊びの誘いかけたり(これは原作だけだったかも)。
ヒトデを配って姉の結婚を祝ってもらう、それが目的であり、それだけを目指すのであれば、それだけをやっているのが一番効率が良いです。
しかし、それだけではない。朋也は風子にじゃれつきますし、渚は風子と遊びたいと思ってしまう。どちらも、彼女の邪魔まではしないけど、でも、"自分がやりたいこと"も確固として存在している。

風子の目的に沿うだけならば、いらないことが多すぎる。風子の目的達成のためだけならば、やらなくていいことをやりすぎる・やりたすぎる。
でも、そのカタチこそが『友達』だと思うのです。
原作をやった時、風子の目的のためならば無駄な遠回りをしているな、と思ったのですが。その答えがようやく分かった。友達。
目的のために一緒にいるんじゃない。手伝うためだけに一緒にいるんじゃない。ただ、好きだから、ただ、一緒に居たいから。だから、一緒にいる。
それは例えば今回の、何気ない日常の風景みたいなエピソード郡もそうだし、「風子マスター」なんかも、そう。裏も表も無く一緒にいて、そして一緒にいるからこそ、「風子マスター」なんてものにもなれてしまう。

話しかけられても逃げ出してしまうような子だったけど、今は違う。
学校で友達を作れている。夢の中だけれど、あの入学式の先の未来へと立てているのでしょう。


さて。
とはいえ、公子さんにはその事は分からないですね。
風子のことは見えてないし、風子の声は聞こえない。
最初に記した、公子さんの台詞。
原作でもほぼ全く同じシーンがありますが、最後の「気持ちのいい朝……」のあとに、もう一言だけ、公子さんの台詞が続きます。
「なのに、あの子は寂しい気持ちのまま…」

公子さんが結婚を留まっていたのは、こういう点でしょう。
先の台詞からも分かるように、春休み、公子さんは風子を突き放した。辛い思い、寂しい思いをさせてしまった。それは、友達を作ってもらいたいという思いからのものだったけど、寂しい思いをさせてしまったのは事実。
でも、学校に入って友達を作って、そんなものも吹き飛ばしてしまえるくらいの未来に出会えればいい。そして、風子自身も、お姉ちゃんの思いを汲み取ったのか、それとも自分が寂しかったからなのか、「友達を作る」と心機一転してくれた。
なのに。
そこで、止まってしまった。事故にあい、その先には行けず、「寂しい」「辛い」の時点で時間は止まってしまった。
「やっぱり、あの子は今も可哀相なままなんです」
「だから、迷ってるんです、私は…」(原作 4/26)

そしてその「寂しい」「辛い」を作り出したのは自分だから、そこに責を感じてしまっている。もし事故にあわず学校に通い友達を作っていたら、何の問題もなく決断出来ただろうに、しかしそうはならなかったから、決断――「風子を置いて、私ひとりだけが幸せになる」ことに、迷いが生じている。
「目を覚まして、元気になって…」
「普通の子と同じように学校に通うようになってから…」
「その時、言います」
「お姉ちゃん、結婚しますって…」(原作 5/6)

でも、風子はそんなこと、全然思っていなかった。
そもそも、春休みのことは「寂しい」「辛い」だけの話ではなかったのですから。


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このカット。
「光見守る坂道で」という、CLANNADのオフィシャルなサイドストーリーの本がありまして、その中に風子のこの春休みのことを描いたエピソードがあるのですが、そこに使われている挿絵とほぼ同じ構図を使用しています(ちなみに風子の口の動きも、その挿絵に当て嵌まる台詞――「それでは、いってきます」と一緒になってる)。

この本は原作スタッフの方々がお書きになられた最高にオススメできる作品でして、是非ともお手にとって頂きたい(原作未プレイの方は、アニメ版放映後に)ものなので、内容については書きませんが。ちょっとだけいうと。
風子がこの春休みに感じたのは、決して「寂しい」「辛い」だけでは無かった。
むしろ新しい場所、新しい自分へと旅立たんとする、大切な準備期間だった。
ということです。

そして、「それでは、いってきます」といい、門をくぐる。
それは学校にいってくるというだけではなく。
友達を作るということ。違う気持ちになるということ。新しい自分に出会うこと。それら全てを含めて、過去から、そしてお姉ちゃんから「いってきます」ということ。

けれど、その旅立ちは、知ってのとおり帰り道の事故で止まってしまう。
自分ひとりでの「いってきます」で時間が止まっているから、寂しいまま、辛いままで時間が止まっているのだと(公子さんは)思ってしまう。
でも、そうではない。


clannad

「おふたりの言葉には不思議な力がありますね」
「本当に、あの子がそう思っているような気がします」


今ここで、朋也が、渚が、風子の思いを代弁できてしまっている。
長い時間風子に触れてきて、風子の思いを真に分かっているから、「本当に風子が思っていること」を伝えることが出来る。
それは風子の夢の中ではあるのだけれど。でも、あの日止まってしまった未来の先には、このような時が待っていた。あの春休みの公子さんの行動は「寂しい」「辛い」を与えただけではなくて、今ここにいる風子、これを形作り、そして今ここで朋也と渚が喋っていること、これを導き出した。
つまり、友達になれた。
「ふぅちゃんは成長していく」と、公子さん自身が(光見守るで)言っていたように。
話しかけられても逃げていく、ヒトデで遊んでいるだけの姿は無く。率先して他人に触れ、思いを代弁できるほどに仲良くなれる。そんな姿が、あの「いってきます」の先の風子に、存在しているのです。



【星形の気持ち】


clannad

「みんなに話しかけられても、挨拶も出来なくて」
「ずっと、浜辺でヒトデと遊んでいたんです」
「ひとりぼっちで」


今回、風子がなんでヒトデ好きなのか、その一端が垣間見えたかのような気がします。
親戚の子と馴染めず、たった一人でヒトデと遊ぶ風子。その胸中はどんな感じだったのでしょう。風子の頭の中では、それこそ前回の「ヒトデ祭り」の夢よろしくに、ヒトデと楽しく遊ぶ妄想にふけっていたのかも知れません。

さてさて。
ヒトデでトリップする風子。
その彼女は、一体どこにトリップしているのか。

それは、きっとすぐ上に書いたようなこと、ヒトデと戯れて和んでいる妄想へとトリップしているのではないでしょうか。
友達がおらず、人に話しかけられても逃げてしまう。
ひとりぼっちで、ヒトデと遊んでいる少女。
そんな彼女が、ヒトデ祭りのくだりで見た「ヒトデと海辺で遊んでいる夢」と同じ様な妄想に耽って、ひとりの寂しさを紛らわし、ひとりの時間を浪費する、そんなことがあってもおかしくはないんじゃないかな、と思います。

ひとり遊びのような妄想に耽る。
(お姉ちゃんと以外では)いつも一人なんだから、そんなことをしていてもおかしくない、と思います。

でも、そんな彼女の妄想を破る人もいます。そう、朋也。

「岡崎さんみたいな人がたくさんきます」(アニメ第6回)

親衛隊初登場の時の台詞ですが、言いえて妙だと思うんです。
本来なら、彫刻渡して、結婚祝ってと言って、それで終わる。
でも、それで終わらずに、ずかずかと入り込んでくる人がいる。何処に惹かれたんだか、何にほだされたんだか、何を心配しているのか、とにかくこう、風子との関係を他人で終わらせたくない人達がいる
その点で同じ様な行動をとっているから、親衛隊の面々も「岡崎さんみたいな」と言われるのでしょう。

親衛隊の面々も、他の風子を知っている面々も、その殆どは風子の行動(ヒトデを渡す)を受けて・それを見て、風子を応援しようと思った・風子を知ったという経緯があります。しかし朋也は、少し違います。風子のその行動を受けた・見たわけではなく、空き教室で彫刻を彫ってる子を見て、「なんか危なっかしいな」「手を怪我してるな」と心配をして、風子に自ら接触していったのです。渚・春原ですら朋也繋がりという接点を介しているので、こちらから一歩を踏み出したのは(語られてる部分だけなら)朋也だけ、ともいえるでしょう。

なぜ朋也が、風子に関心を持ったのか。

……や、原作既プレイのクセに全然わかんないんですけど。
多分、単純に、ほっとけなかった、んじゃないかなぁと思います。

朋也の過去の挫折、バスケの件。さらに、そこから連なる、いやそれ以前にも繋がる、父親の件。
こういったことが、自身に重くのしかかっている以上。
これから先に挫折・失敗が待っていそうな未来には、手を差し伸べずにはいられないんじゃないでしょうか。
それは自分と同じくになって欲しくないという気持ちであり。自身をそこに投影して救われている面もあるのかもしれないけど。
でもそれ以上に。
朋也自身が、過去の経験を積んで、今のこの朋也になっている。つまり自然体で、手を差し伸べている。簡単にいえば、朋也は"こういう人間"だ。そういうことなんじゃないかな、と思います。

そしてその、気負いも無く裏もない、自然体な手の差し伸べが、相手にとってはこの上ない救いになることもある。
たとえば風子のヒトデトリップに対するちょっかい。
ヒトデを手にして、どこかにいっちゃってる風子に対し、ちょっかいをかける。普通の人だったら、気を遣って見てないフリをしたり、なんだコイツはと引いちゃうような場面なのに、あくまで自然体で、裏表もなくやりたいようにちょっかいをかける。そういうことが出来るというのが、朋也が朋也であるというか……裏表のないことの表れのように感じます。

そしてその行動自体が、風子にとっての朋也を象徴している。

トリップ。違う場所にいってるんですよね、この時の風子は。
それに対し朋也は、現実世界でちょっかいをかける。
これって、「友達が目の前にいるのに、何どこかにいっちゃってんだよお前」というメッセージを、風子に投げかけている……いや、朋也にそういう意思があるのかはともかく、風子にとってはそのように感じられるんじゃないかな、と思います。
自分を夢想から引き出すもの。
それこそが、風子にとっての朋也、ではないでしょうか。
ずかずかと入り込んできて。自分の世界に入り込んでいる状態(ヒトデトリップ)を、おかまいなしに無視して。
そういった存在で朋也を見ているというのは、彼女が見た「ヒトデ祭り」の夢のくだりからも、そうなのかもしれないです。ひとり浜辺でヒトデと遊ぶ――存在しないヒトデという友達と遊ぶ風子を、「何やってんだよ」とそこから連れ出す、存在する友達の朋也。
それは、たとえるならば、親戚の子たちに馴染めずひとりヒトデと遊んでいた自分を、強引に「一緒に遊ぼうぜ」と連れ出してくれる、そういう存在であるのではないでしょうか。
(古河パンに封印されそうな風子を救ったのも朋也だしね)(それはきっと関係ない)


さて。
風子とヒトデの関係。
風子にとってのヒトデとは、ひとりぼっちを紛らわすためのものでもありました。勿論、それだけではなく。この先では、これも彼女の過去として、自分の中に立派に培われていくのでしょうが。でも、今は。
「抱きしめられないヒトデに意味なんてないです」(原作 4/28)

上の文、逆に言うと、「抱きしめられるからこそ意味がある」ということになります。
抱きしめられるからこそ意味がある。それは、抱きしめて、夢想の世界に浸って、ひとりぼっちを埋めることが出来るということに『意味』を風子自身が見い出しているからではないか。
周りの人に馴染めずひとりぼっちでも、ヒトデと一緒ならば紛らわすことが出来る。
抱きしめれば、自分ひとりの世界にいつでも浸れる。
そんな存在。
風子にとって、ひとりぼっちをなぐさめてくれるような存在でも、あるのでしょう。

その、なぐさめてくれる存在。
ひとりぼっちを、なぐさめてくれる存在。
木彫りとはいえ、そんなものを、他人に渡すという彼女の行動。
何故ヒトデを渡すのか。それは「可愛いから」「和みます」という理由だけではないのではないでしょうか。自分の夢の中での友達を、他人に渡すということは。
これから先には必要ないもの。失くさなければ成長できないもの。頑張って友達を作る。
それこそが、この行動ではないでしょうか。

「友達を作る」と決心して出かけていった入学式の帰り道、あの時事故にあって続かなかった二歩目以降、それを今ここで、こうやってヒトデを渡すことで、夢の中ではあれど、歩んでいるのでしょう。


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