京アニのCLANNAD観察眼
2007-12-01
風子が「足をぶらぶらする」ところ。


今のところその描写があったのは、第5話・授業開始前のところと、第8話・お誕生会セットを買ったあとの噴水のところと、第9話・朋也と渚にお互いを下の名前で言わせようとしたところ、ぐらいですか。他にもありそうな気もしますけど、とりあえず僕が気付いたのはこれだけ。
さて、この風子の足をぶらぶらさせる描写は、原作でも風子の機嫌の良さを表すものとして、一箇所だけですが言及されています。
よほど嬉しかったのか、席を座ってからも、犬が尻尾を振るように、足をぶらぶらとさせて機嫌の良さを表していた。授業シーンのところですね。幸村に(原作では早苗さんではなく、幸村が先生役をやってます)教科書を朗読するように指示され、最初嫌がっていましたが何とか挑戦して、それがつたないながらも一生懸命でして、その姿を皆が褒め称えて、ヒトデの彫刻を抱いてトリップしちゃう時と同じ現象が起きるくらいに機嫌が良くなった風子に対する、描写です。
原作で一回、それもほんのちょっとしか描写されていないことを、風子自身を表すものとしてしっかりと取り入れて、効果的に、かつ印象的に使う。これにはもう、これを作ってる人たちは原作が本当に好きなんだな、しっかりやり込んで理解して、だからこんな風に表現出来るんだな、と思わされるほどです。
と、いうことを、たこーすけさんのトコのコメント欄に書かせていただいたのですが、その後に気付きました。
―――こだわりといえば、京アニさんの場合、キャラ毎に歩き方の癖をつけるじゃないですか。ゲームでは歩かないのに毎回どやって考えてるんだろうと思うんですが。
石原 : それは原作の中に、観鈴だったら「とてとて」とか、ことみだったら結構早足とかヒントが描写してあるんで、そういった印象を元にしつつやってますね。
(「メカビ」07年秋号のインタビューより)(「石原」は、京アニCLANNAD監督の石原立也さん)
あー、そうか、彼らにとってみれば、このくらい当たり前なんだ。
考えてみれば、AIRも、Kanonも、そしてCLANNADも、全然キャラクターの動きや仕草がおかしくない。「おかしくない」という言い方も変ですけど、少なくとも個人的には、絵が動くことはない原作ゲームをやった時に脳裏に想像されたキャラクターの動きの映像に対して、京アニの前述三作は全く違和感を覚えなかった。キャラクターの動きや仕草に関しては、自分がゲームをやった時のイメージと比べて「こんなの変だ!」みたいな感想は全くと言っていいほど出てこない。や、それよりむしろ、明らかに自分のイメージより正確なカタチでアニメーションされていると思えてしまう。
そしてその原動力は、原作を深く知り、深く理解し、そしてほんのちょっとの描写も見逃さずに拾うこと。
こんな僕でも気付くようなトコは余裕で気付いていて拾っていて、そして多分他にも、他のキャラクターでも、たくさん、原作にある細かい所作を拾ってきて、上手い具合に人物達のパーソナリティとして仕立て上げているんだろうなぁ。だって渚も風子も杏も早苗さんも秋生も春原も他の面々も、その動きや仕草に、もの凄く違和がないし。
そんでもって、深い理解と観察から作られたこの作品を見ることで、こっちの原作理解もさらに深まるんだろうなぁ。もう感謝したくなるほどの真摯さです。次のこういう発見が、ホント楽しみ。

